2013年7月31日水曜日

巻き弦製作工房へ見学に、浜松へ!


7月と言えども、暑い。とにかく暑い夏が始まっている。そんな中、低音弦の巻き弦を手作りしている浜松の工房を、斎藤さんのご案内で訪ねました。

で、なぜ「巻き弦」を作る必要があるのか、というお話。
ピアノのフレームに張る低音弦は、”stuttgart"のフレームの幅に合わせる為に、弦をオーダーメイドにする必要があります。中音域から高音域は、ピアノ線1本で済むので弦の長さを自由に取れますが、低音弦は質量を上げる為に弦を太くする必要があり、そのため、ピアノ線を芯にしてその外側に銅線を巻き付けて太くします。お宅のピアノの中を覗いてみてください。左の方はオレンジ色(すごく錆てると茶色になっている!)っぽい弦が張ってあるのが見えますね?
これです。

銅線は、上下の弦を引っ掛ける所を除いて巻いてあります。音の高さによって巻き付ける銅線の太さが違うので、弦の太さも変わって来ます。また、弦の長さも、弦を張るピアノのフレームのサイズによって違います。

工場で量産されているピアノは、メーカーにもより自社で銅線を巻く機械で作っている所もあるそうですが、斎藤さんのお話では、芯に銅線を巻き付ける強さで微妙に音色が違うそうで、手で巻いた方が音が豊かになる、とのこと。
そういうわけで、”stuttgart"の低音弦作製現場を見学しに、工房のある浜松へ行くことになったのでした…

青い空、白い雲、緑の田園、照りつける日差し。
茶畑の山間を抜け湖を左に見ながらしばらく走ると、家々の姿が見え始め、工場の煙突や建物の看板が増えて来ます。
浜松駅周辺のビル群が遠くに見えて来たら、もう浜松。


市内へ入るとさすが浜松、日本のピアノの歴史を担って来た場所だけに、こ〜んな看板もある!

街の賑わいへ繋がる大通りから、小道へ逸れて右へ左へと奥まった所に、槙の垣根に囲まれた小さな工場はありました。斎藤さんのお話では、日本ではもう3軒しか残っていない、手巻きの弦を作っている工房のうちの一つです。
日陰の無い町中からやっと建物の中へ、ご挨拶も早々に、この工房のご主人、富田さんご夫妻のご案内でみんなは工房へと向かいました。



右側に置いてある横長の機械は、手で弦を巻くための機械、その奥にあるのは自動巻きの機械。手前側の棚には、束ねられて太い房の様になった錆びたオレンジ色の低音弦がかけてあります。こちらの低い棚には、ピアノ線に巻き付ける銅線が、糸巻き状態で箱の中に並べられている。一つ一つ太さが違います。

その奥には、弦の引っかけ部分になる輪っかを創る為の機械が置いてあります。これらの機械は皆、この工房のご主人である富田さんが試行錯誤で創ったり調整された、作業専門の機械なのだそうです。手前に鉄製の長いパイプが何本も積み重ねておいてあります。と、よく見るとその鉄パイプにしめ縄が渡してある…。


左手奥の棚には、芯になるピアノ線が丸く巻かれ紙に包まれたチーズの様な状態でストックされています。芯になるピアノ線は、その断面ができるだけ真円に近い方が良いのだそうです。材質・精度共に吟味された、輸入物だそうです。これを弦に加工する際は、包みを開けて拡げたピアノ線をまず真っ直ぐに伸ばし、先ほどの鉄パイプの中にストックしておく、ということなのだそうです。

さて、富田さん、斎藤さんに一通りをご案内して頂いてから、では実際にやってみましょう、ということで富田さんがピアノ線を1本取り出しました。
まず右から左へ、芯になるピアノ線を機械に咬まし、横に張ります。巻き弦となる銅線の張り始め位置を慎重に決め、銅線をくくり付けます。

機械のスイッチを入れると、カシャン、と小気味よい音がして機械が動きだし、芯となる弦が「自転」し始めました。富田さんはすぐ様、中腰で慎重に銅線を引く体制を取り、銅線がきれいに巻かれて行く様に注意しながら、ゆっくりと右へ移動します。その集中力とポーズは、まるでスポーツ選手の様。見ている皆もじっと固唾をのんで見守ります。
この作業は、銅線の引っぱり具合(=芯となるピアノ線への圧着具合)と、巻きの幅によって音が変わって来るのだそうです。

1分も経たない間に1本の巻き弦が完成しますが、実に微妙な感覚と経験が物を言う作業。ピアノという楽器は、鉄の鋳造や木工の技術、力学的な探求から編み出されたアクション部分など、様々な技術の集大成なのですが、弦を一つ取ってもこんなに繊細で丁寧な感覚が応用されている事に、認識を新たにしてしまいました!この作業を次の世代へと受け継ぐ人は、残念ながらまだ見当たらないそうです。

なかなか見る事のできないであろう楽器の真相に迫る作業の一つを見学し、一同静かな興奮覚めやらぬうちに富田さんに別れを告げ、再び浜松の町へ繰り出しました。
向かうは、浜松市楽器博物館。
浜松へ来たら、ここへ来なくてどうする!というくらいの、古楽器から民族楽器まで、とりわけ鍵盤楽器の著しいコレクションのある博物館です。

ヤマハの初期のオルガン、松本楽器のグランドピアノなどもあり、今回は斎藤さんというご専門の方の解説付きで、お陰様で贅沢な博物館巡りができました。
1台のピアノの修復から始まった旅は、一歩一歩が貴重な体験。深い印象を刻みながら、進んで行きます。

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